かつて“ジパング”と呼ばれ、黄金溢るる理想郷として旅人達の胸を熱くする島々があった。
豊かな海に囲まれたこの島々に、神々は緑したたる美しい山々や谷、尽きることのない澄んだ清流の数々を与えたもうた。その上、この島々に住まう生きとし生けるものたちが決して退屈することもなく、廻り廻る生命の神秘を味わい尊ぶようにと、鮮やかな四つの季節を贈ってくれた。
命萌える春には、鶯がさえずり、幻のごとく仄白く光る桜の花が咲く。
夏には、蝉時雨と目も眩む太陽光線が、万物をみるみる生長させる。
豊穰の秋には、茜色の空を埋めつくすように飛んで、この島々の別な呼び名にまでなったとんぼ、山々をとりどりに染める紅葉、田畑の黄金の実り。そして、冬。春夏秋と命を育み、めぐらせ、燃焼させてきたあらゆる生命をひとときの休息へと誘うのは、静々と降り積もり、大地をすっぽりと覆う真っ白なブランケッ
ト、雪である。
四季の風物の中でも、雪はとりわけ不思議な存在だ。
天から舞い降りてくるこの氷の欠片たちはもちろん冷たいのだが、場合によっては温かさももたらしてくれる。その結晶は、拡大して見ると六角形をベースに美しいレース編みの模様のごとく繊細で、驚くことに、一つ一つの形が違うという。
そんな雪の訪れは、ピンと張りつめた、身の引き締まる寒さの中、辺りの空気
に混じる独特な匂いでわかる。鼻の奥を微かに刺激する、オゾンに似た清浄な匂い。紫がかったパール・グレー一色の香り、とでも言おうか。
ついに降り出すと、山も里も深い静寂に包まれる。
雪が音を吸収してくれるのだ。
それはあたかも、頭の中の雑念がすーっと取り払われ、心がしっとりと落ちついた時の内的な静けさのように豊かである。しーんと静まりかえるその様は、眠りの前の静けさにも似て、安らかだ。
無駄な力はことごとく抜けてゆき、目まぐるしい季節にはなかなか立ち帰ることの出来なかった、その者本来の姿に戻ることができる、とっておきの時間が始まるのだ。
降り積もると雪は、美しいものも醜いものも、汚れたものも清らかなものも、
聖なるものも俗なるものも、分けへだてなくあまねく白一色にコーティングしてしまう。全てを許し、癒し、守るかのように。
雪は、それはそれは寛大で、天晴なのだ。(天晴、などと形容するのは、雪に似合わぬだろうか?)
雪は、静かに森羅万象を瞑想させ、浄めてくれる。それは神々がもたらしてくれた美の中でも、特別にありがたいものであるにちがいなかろう。
お聴き頂いているこのアルバム、「雪 SNOW」は、この島々に生れ、育まれた四人の優れたピアニストたちが、雪をテーマに紡ぎ出したメロディーとひびきを収めたものだ。
雪の結晶と同じく、一人一人、一曲一曲、それぞれに異なる魅力と美しさをたたえながら、深々と積もる雪のように、空間を豊かな静けさで満たしてくれる。
聴く者を安らかな瞑想へと誘ってくれる。
そして、不思議と温かである。
最後に、この島々の高名な詩人が残した詩をご紹介させていただこう。