車、人、動物が種々雑多に行き交い、活気溢れるインドの街角。ヒンドゥーの精神世界にあって、与えられた人生を一生懸命に生きる人々の姿に、生きることの本質を考えさせられる、実にタフでエネルギッシュなところ・・・。そんな風景を想い浮かべながら、今、このアルバムを聴いている。
「アジア」を自分の創作テーマの根幹に持つ、上田益の新たなモチーフは「インド」。かつて上田は、中国シルクロードや日本の古都、京都といったアジアを象徴する場所を音に描いてきた。そこでは、仏教の声明や梵鐘を取り入れたサウンド・クリエーションが実にユニークであった。そんな彼が、前々から取り組んでみたいと思い、今回実現したテーマがインドだったのは、そこがアジアのチャクラ(生命エネルギーの中心)であるからだろう。
アルバム・タイトルの「ナディー」とは、インドの言葉で「大河」という意味。あの聖なるガンジス河をイメージして付けられた。ヨーガでも、身体の中を生命エネルギーが流れる経路のことを「ナディー」と言うように、インドの人々にとって、ガンジスは生命の流れそのものなのである。この世に生を受けた新たな命はガンジスの水で清められ、短い一生を遂げた屍もガンジスの流れに葬られる・・・。すべてはここで輪廻転生されるのである。
上田はそんな人間の生きる姿を描くほかにも、インド神話、南国特有の自然、お洒落な街角といったものを、自分なりの感性でとらえ、音にしている。そして、その実際のサウンド作りを共に手掛けた中に、現地インドのミュージシャンはひとりもいない。
最もインドらしさを彷彿とする弦楽器、シタールを演奏するのは、日本のインド音楽家としての第一人者、若林忠宏と、ジャズ・ミュージシャンとのセッションなども多い小林岳。ベナレス・ヒンドゥー大学音楽学部楽理科で学んだHIROSは、バーンスリー(竹製の横笛)を演奏。現代音楽、古楽器、民族楽器の演奏などでも活躍するオーボエ奏者の柴山洋。
このところ、ニューヨークやロンドンのワールド・ミュージック・チャートでも、インド系アーティストによるテクノ・インディア・サウンドが話題を呼んでいる。一方、上田の場合は、インド人の手に寄るものでない、日本人である彼の眼を通した「インド世界」の展開である。
「新鮮さを失わず、パロディーでもなく、ましてや小手先の感性を振りまわすのでもなく、言いかえれば楽曲が人の心の奥底まで届き、記憶に残り、豊かなイメージを喚起し、そして心地よい響きとして包み込む事ができるよう、そう願いつつ音を紡いでいる」と語る上田益。さて、みなさんはどう感じるだろうか・・・。