今年はジャー・パンファン氏にとって忘れられない年になった。
チャン・イーモウ監督の大作映画「LOVERS」でのテーマ曲演奏。その合間には二胡のトップランナーとして某有名インタビュー番組にも出演。そして待ちに待った「ベストアルバム」のリリース。
収録曲の中でも圧巻はやはり「LOVERS」だろう。映画では主演のチャン・ツィーイーと金城武の心が通いあうシーンで印象的に流されたこの曲を、今回、ピアノを演奏している美野春樹氏がアレンジ。映画で使用された壮大なオーケストラバージョンとは趣を変え、小編成で奏でられる室内楽のようなクラシカルなバージョンに仕上がっている。
そしてもう一品。キラリと静かに光る珠玉の輝きを放つのが彼の思い入れも深い「睡蓮」である。
“北京で楽団の宿舎に住んでいた頃、すぐ近くに北海公園という大きな公園があり、よく散歩に出かけたものでした。夏の朝、まだ朝露の残る公園の道を歩き、湖のほとりまで来ると、さざなみに揺れる睡蓮が霧から浮かびあがるように咲いていました。その清潔な美しさを、夏がめぐってくると思い出します------ジャー・パンファン”
繊細さとスケール感。叙情とともに、常に前進しようとする勇敢さを音に滲ます彼の音楽はジャー・パンファン氏そのひとの器の大きさを感じさせる。そのバックボーンにあるのは中国の悠久なる大地と、そこでのいっさいの地位を捨て、この日本で一からのスタートを切った潔さ。さらに自分の音楽を信じつづけた確固たる信念。8歳のときに出逢ってからともに人生を歩んできた二胡への情熱があますところなく伝わってくる。

アーティストとはときに私たちの媒体となり、痛みを放ってくれる人々である。中には、本人自身の痛み、哀しみを鳴き表現するアーティストもいる。でも、ジャー・パンファン氏は決して自分の嘆きを音に滲ませるタイプのアーティストではない。彼はひとの痛みを感じ、涙を流す。誰よりも強く優しいからこそ、誰かの嘆きを見守り二胡の音にその浄化を託す。
どんなにせつない曲調からも、なぜか彼の曲からは前を向き歩き出したくなるようなメッセージを感じる。・・・さらなる飛躍への序章ともとれるこのアルバム。秋の夜長。こころゆくまで感じてほしい。