二胡の音色は人の歌声に近いといわれる。
たった二本の弦から紡ぎだされるその音は、プリミティブであると同時に微妙で繊細なゆらぎを持つがゆえ、身体を楽器として生まれいずる声に似通った性質を抱えているのだろう。
プッチーニの「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」。今回のアルバムは、出会うべくして出会ったオペラの楽曲から幕を開ける。ジャー・パンファン氏の二胡の声は、優雅にうねるようにアリアを奏で、悠久の地・中国のロマンチズムを描き出す。ご存知のようにこのオペラの舞台は中国・北京。中世を時代背景にした一大叙事詩である。西洋音楽の金字塔であるオペラとはいえ、すでに20世紀初頭、劇中内で東洋と西洋が出会い独自の世界を構築していたわけである。そこへあらたに、中国の古典楽器・二胡がメインボーカルを取るにいたるなど、プッチーニもさぞやはるか天空で驚嘆しているにちがいない。
さらにワクワクさせられたのが、ミュージカルからの選曲である。「サウンド・オブ・ミュージック」から「マイ・フェヴァリット・シングス」。そして「KISMET(キズメット)」から「ストレンジャー・イン・パラダイス」(原曲はボロディンの歌劇「イゴール公」のダッタン人の踊り)。いずれも、和の風景と洋の調べを見事に融合した珠玉のCMの名作、JR東海の「そうだ京都、行こう」「うまし うるわし 奈良」に使用され、すっかりおなじみになったナンバーである。なにより特筆すべきはそのサウンドのビート感! 盟友、美野春樹率いるトリオを迎えジャズテイストを盛り込んだ仕上がりは、出色の出来栄えだ。音色に羽がはえたかのごとく。はじける。ころがる。とぶ。うかぶ。二胡から創り出される音が、コロコロと軽快にスウィングする。これまでのジャー・パンファン氏の作品を重厚な文学作品とたとえるなら・・・今回のアルバムは、遊び心いっぱいのデイリーライフが垣間見えるエッセイ集のような作品だといえるかもしれない。選曲の妙も手伝って、その新鮮な意外性には心躍るものがある。
クラシック映画ファン垂涎の名曲も散りばめられている。映画「ひまわり」から、ヘンリ・マンシーニ作曲の甘美なテーマ曲。マルセル・カルネ監督の古典「夜の門」からは、まだ売り出し中のイブ・モンタンが歌ったというシャンソンの名曲、「枯葉」。そして、喜劇王、チャーリー・チャップリンが名作「モダン・タイムス」のためにみずから作曲した「スマイル」。これまでのアルバムにおいても、ジャー・パンファン氏が映画音楽から印象深いナンバーを演奏しているのはご承知のとおりだが、聞き手の心の風景を引き出させるその調べはいつにもまして深い。