バリ島には不思議な磁場がある。まるで島全体が一つの生命体のように強力な気を発しているようだ。かつてバリ島の隣のロンボク島を訪れた帰りバリ島を海上、遠くから眺めたことがある。からからに乾いたロンボク島をあとにしてバリに近付くと島はふんわりと蒸気のような靄につつまれていた。空中から雨が降り注ぐのか、島から水蒸気が立ち上るのか見わけがつかないようななにか柔らかい恩寵のようなものにバリは包まれていた。いったん島に降り立ち、一歩踏み出すと旅人はこの島にあふれている生活の音に囲まれる。子供の声、鶏の泣き声、呼び交す人々の声、ひっきりなしに行き交うバイクや乗り合いバスのクラクションやエンジン音。歩をすすめて村の中に入ってゆくと風にゆれるやしの葉ずれの音の向こうからガムランの音も聞こえてくる。
[JALAN JALAN]はインドネシア語で歩くという意味、「JALAN」はそもそも道という意味、二つ重ねることで動詞となっている。バリを歩くとこの島がいかに濃厚に音楽に満ちているか気がつくだろう。村の道を村から村への道をそして海岸に続く道を歩く時、島そのものが発している音が聞こえてくる。それは空気に漂う花の薫りのようにどこにいっても薫っている。このアルバム全体から聞こえてくるのはそんなバリの空気そのもののような音だ。ガムランはバリやジャワ独特の青銅楽器によるオーケストラだ。微妙に音階をずらしながらそれぞれの楽器が同じコードを演奏してゆく。柔らかい青銅の音はお互いに共鳴しあいやがて一つの音のうねりとなってゆく。その共鳴音は時にあたかも地の底から響いてくるように聞こえる。バリの男たちは誰でもと言っていいほどガムランが演奏できる。生まれついてから子守唄のようにガムランを聞いてバリ人は育つのだ。それはもはや血となり肉となっている。いわばバリ人は身内にいつもガムランが流れていると言える。このアルバムから聞こえてくるガムランの響きはまさしくそのようにバリの人々の心の中に絶えずある心象風景のようなガムランの響きなのだ。
バリ人の日常に満ちている音楽を”JALAN JALAN"はコンピューターという新しい楽器でアンビエントサウンドととも融合させて私達に届けてくれる。バリは世界で最もスピリチュアルな場所と言われている。生き物のように音楽を奏でる不思議な島に、このアルバムは誘ってくれる。